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シナリオ

自分の心の中を覗いたことがありますか。
それは、ふるさとの土の匂いがして、暖かくやさしい風の中にいるようで。
愛する人の顔が浮かんでくる。
自分の心の中は、荒れていないですか。大切な人を想っていますか。
日々の駆け抜けていく時の中で、忘れ物のないように。
それでも時は、誰にでも平等に忘れ物をさせようとします。
それならば、
もう一度、誰かを好きになってみませんか。
忘れていたことを思い出そうじゃありませんか。
この物語は、人を愛し、憎み、そして許していく
安城の皆さんに捧げるものです。

〈安城へ〉

サナエは電車の窓の外に走りくる景色を見ていた。川を越えて、ここが刈
谷。三河安城の駅を通り過ぎて、車が通れる陸橋があったっけ。母親の苦労
をどうしても助けたい。そんな思い'が子供のころから、胸の中で渦巻いては
消え、そしてふとよみがえっていた。母親は小さな居酒屋をやっていたが、
決して家計を豊かにすることはなく、時に客同士のののしりあいの声が2階
の小さな部屋まで聞こえ、サナエを不安にした。母は、子供を守ろうと一生
懸命に働き、娘は名古屋の私立高校を卒業した。成績は中くらいであった。
就職をしようとしたが、不況の中であえぐ会杜は母一人のサナエに冷たかっ
た。母は娘が店を手伝うことを極端に嫌った。
小学3年生のころ、父親と一緒に安城の七夕まつりに来たことがあり、そ
れが父親との一度だけの楽しい思い出だった。お母さんもいっしょに来たら
良かったのに。いまだにサナエはそう思う。電車が安城駅に着いたというア
ナウンスを聞き、ホームに下りた。ホームには冷たい風が吹き、電車はサナ
エを置いていくよ引こ去っていった。

〈街を歩く〉

エスカレーターに乗らずに階段を上がり、駅の改札を出た。駅の南に広が
るデツキの上に立つと、小学3年生のころに来た古い安城駅の姿とは様変わ
りをしていた。あのころは駅前広場がのんびりと広がっていた。何かを失っ
た気がしてサナエはコートの中の細い肩を丸め、北からの風に追われながら
ゆっくり歩いた。この街は何の変哲もないけれど、やさしそう。自分の運命
がこの安城で大きくもてあそばれることを、サナエはまだ知るよしもなかっ
た。
高校を出て、就職をすることもなく、アノレバイトをした。ファッションや
男友達、サナェは他の女の子のように遊ぼうとしなかった。それでも21歳
になったとき、好きな人ができた。しかし、彼の車の中で素直になりきれな
い自分がいた。お母さんを一人にできない。母は肩を落として小さな酒場で
料理を作り続ける母の顔が浮かんできた。
街を東に歩いた。そこには追閏用悪水が流れ、ほとりには柳の木が植えら
れていた。ここでお父さんと、金魚すくいをした。その後、父に連れられ小
料理屋に入った。「新」という小料理屋は、あのころといっしょにたたずんで
いた。お母さんの店に良く似ている。扉を開けた。

〈居酒屋「新」〉

サナエが「新」の扉を開けたとき、店にいた男たちの視線が彼女に集中し
た。色白の顔に、涼しげであるが悲しみを潜ませた瞳。コートを脱いでカウン
ターに座った。サナエは黄色のセーターを着ていた。それが、彼女の色の白さ
を際立たせた。
中上和也は、「新」の奥にある畳の間にいた。そこには和机が置いてあり、
ビールとつまみが並べられ、彼は工場の上司である野々村から愚痴を聞いて
いた。もとより口筆の少ない和也は、野々村の言うことに頷くしかなかった。

かねてより野々村の酒癖の悪さを知る同僚は、野今村からすぱやく離れ、一
次会で帰ってしまっていた。和也だけが帰り際の野々村に誘われ、「新」に連
れられて来た。和也は我慢していた。野々村さんも愚痴を言えぱ、すっきりす
るだろうと。
「新」はこじんまりとした居酒屋である。カウンターに5人、奥の畳の間に
5,6人くらいしか入れない。その小ささは、この店を切り盛りするおかみさんの
手になじんだものであった。そして、それが常連の客にとって、居心地のよさ
となっていた。おかみさんが、.愚痴を聞く和也を案じて野々村に声をかけた。
「野々村さん。ちょっと飲みすぎじやあないの。」
「そんなに飲んじやあいない。こいつに仕事の付き合いを教えとるんだ。」
「若い人は、分かったって言ってるわよ。」
「そんなことはない。」大きな声が居酒屋の中にに響き、雰囲気が凍った。

〈出会い〉

野々村は、居酒屋の中の目が自分に向いていることに気がついた。「面白く
ないな。俺は、もう帰る。」お金を払うと、さっさと出て行った。
和也は、野ヵ村についていこうと後を追った。そのとき、あわててサナエの
椅子に体をぶつけてしまった。サナエはびっくりした表情で振り返った。
「すいません」
「あ、大丈夫です」
二人の目が合った。
おかみさんが、r中上君、ついていかなくてもいいのよ」と、和也が野々村
に絡まれることから助けようとした。.
「あいさつしてきます」
和也は店を出て、野々村を迫った。しかし、野々村は急いで帰ったのか、姿
が見えなかった。そとは冷たい風邪が吹いていたが、よって熱くなった体には
気持がよかった。ふと空を見上げると、星が思いのほかきらきらと輝いてい
た。

(生きていくことは、楽しいことばかりではありません。
同じくらい、それ以上に辛いことが訪れます。
そして、
どんなに思い悩んで、解決できなくても
明目は、必ずやってきます。
時は、楽しいこと大切なことを忘れさせますが、
痛みを癒す薬でもあるのでしょう。)

〈ふじ吉で〉

サナエは、ふじ吉という小料理屋に身を寄せた。ここでお客に料理を出し
たり、料理の手伝いをしたりすること、そして芸者として働くことが、彼
女が安城に来た目的であった。母親が居酒屋をやっていたことで、サナエは
スナツクの仕事にそれほど違和感なく入れた。
スナックで働くことは嫌ではなかった。しかし、夜遅くまで接客をし、
昼間は寝ているという生活が続く中で、いわれのない不安
にかられた。サナエは決して健康ではなかった。心臓が弱く、夜遅い仕事が
続くと疲れから、2,3目ぐったりとして休まなければならなかった。
芸者の稽古の最初は着物を着ることであった。ふじ吉のおかみさんに着付
けをしてもらうと、普段洋服しか着ていないサナエは腹から腰が締め付け
られるようであった。

〈水色の着物〉

春が来た。
サナェは仕事に慣れ、落ち着いた生活に入つていた。
安城には宴会ができ、芸者遊びのできる料亭が何軒か孝)る。もともと日
本のデンマークと言われたころ、全国からの視察者をもてなすために芸者
遊びが盛んになってきたものだという。今や、かつての農業の勢いは失わ
れつつあるが、芸者たちは時の移り変わりの中で、喜びや悲しみを重ねて
きた。
サナエの今目の着物は、水色を基調にした爽やかさを感じさせるもので
ある。それは彼女の細いからだに似合い、宴席を華やかにした。いろいろ
なお客にお酌をして、相手の話に相槌を打った。もともと自分から話すこ
とが苦手なサナエは、ごく自然にそれができた。
あるお客から、宴会の後にカラオケに行かないかと誘われた。ついてい
つた場所は、追田悪水を越えた向こうにあつた。周りには民家が立ち並び、
暗くなった空間に浮かんだ看板には、「ら・む一る」という文字が書かれて
いた。

〈再会〉

お客について入ったステージでは、中上和也がマイクを握っていた。男
くささを感じさせる歌は、浜田省吾の「19のままさ」であった。サナエ
は、居酒屋「しん」で自分の椅子に当たり、バランスを崩し慌てた和也を
思い出し、微笑んだ。
和也には、お客の後に入ってきたサナエの姿が見えたが、上司の野々村
に連れられていった「しん」で出会っていたことは、思い出せなかった。
着物の女性が自分に微笑んだような気がして、「誰なんだろう。」と思った。
仲間たちが拍手をしてくれた。自分の席に戻るとき、もう一度、サナエを
見た。サナエは、もう一度微笑んだ。

〈星空の帰り道〉

和也は気の置けない仲間といろいろな曲を歌い、楽しんだ。rら・む一る」
に来ると、いつも遅くまで飲んで歌ってしまう。それだけリラックスでき
る場所であった。ママは歌が上手で、客に請われるとr真夏のできごと」・
やr初恋の人」など、1960年台のヒット曲を歌った。彼女のおおらか
さがこの店の人気を支えていた。
帰ろうとすると、ママから「この娘を送って」と言われた。
二人で暗い道を歩いた。「前に、会ったよね。」とサナエが言った。「えっ」
「ほら、居酒屋で先輩にいろいろ言われて、その人が怒って出て行ってし
まい、あなたが迫いかけたとき、私の椅子に当たって転びそうになったで
しよ」
「あっ、あの時の」「そう、ふふふ」
「かっこ悪かったな一」「でも、真剣みたいだった」
「転びそうになって」「腰の骨でも折ったんじゃないの」
「痛かったけど、だいじょうぶ」「あはは」
サナエは、なぜこんなに素直に話せるのだろうと思った。
見上げると、安城の夜空に星が瞬いていた。

〈織姫と彦星〉

和也は迷っていた。あの夜サナエを送り、お互いに携帯の電話番号を教
え合った。会いたいな。でも、あの娘も仕事があるみたいだし。芸者とい
う職業の女性が、どういう時間を過ごしているのか分からなかつた。しか
し、昼休み、思い切って電話してみた。
「中上です」「あっ、サナエです」爽やかな声だった。
「今、何をしてるの。話していい?」「休憩中だから、いいよ」
「今度、どこ'かに行かない?」「うん、仕事が休みだったら」

〈海の美術館〉

和也はサナエを車に乗せて、知多半島を南西に走っていた。車の中から
見る知多の風景は山と海が重なり合い、躍動感がある。
「どこへ行くの」「海かな一」
「かな一って。この辺は海しかないでしょ」「そうです」
内海を過ぎて、野間灯台に向かった。和也は途中に世界的な画家の美術
館があることを、ある先輩から聞いていた。その美術館は喫茶店のような
什まいで、通る人はほとんど見逃してしまうような建物であった。しかし、
そこには画家が歌手のマドンナから頼まれて書いたものを始め、何点かの
すばらしい絵が飾られていた。夫婦で絵を書き、夫は抽象画、妻は風景を
得意にしていた。この夫婦は、チェコスロバキアで生まれ、フランスに亡
命し、絵画製作を続けた。そして、目本で自分たちの絵を飾ろうと、選ん
だのが知多なのであった。
サナエは画家たちの絵を見て、感激した。大きな美術館で開かれる展覧
会でしか見られない絵である。
「すごいよね」「でしょ」得意げに和也が答えた。

〈光る海〉

美術館から灯台までに砂浜がある。夏は賑わうだろうという駐車場であ
るが、今は車の姿はなく、もちろん駐車場の番人もいない。車を止めて、
海を見ることにした。駐車場と防波堤の間に狭い道があり、そこにサーフ
ァーが乗ってきたらしき車が止めてあった。
「サーフィンやったことがある」「ないな一。サーフボードをやってたけれ
ど、ひどく転んで、帰ってからでもお尻が痛かった」
「転んでぱかりいるみたい」「ひどいな」一「ごめん」
防波堤を越えると、二人の前に光る海が広がっていた。
「うわ一」「まぶしい一」思わず大声になった。
海はハレーションを起こし、強い風は波をうねらせ、ウィンドサーフィン.
をする若者の姿が波間に浮かんでは消えた。

〈野間灯台の鍵〉

白い灯台は光る海を背景に建っていた。車を留めて、灯台間で歩いた。
フェンスには無数の鍵がぶら下がっていた。
「これって何」「何だろう」
ここを訪れた恋人たちが、いつまでも幸せにという願いをかけてつるし
ていくものであった。
灯台の前は岩場になっており、二人はそこに降りていった。
風は冷たかったが、陽射しは夏を予感させた。

〈七夕〉

8月が近づくと、安城の町は七夕まつりの準備に拍車がかかってくる。
この祭りは商店街の夏枯れ対策として昭和29年に始まったものである。
当時の笹飾りは紙で作られていた。笹飾りの下を通る時、弱い紙がちぎれ
たりしたが、今はプラスチヅク製の飾りになり、そういうことはなくなっ
た。
和也は、今までの成果が認められて小さな仕事場を任され、忙しく働い
ていた。なかなかサナエと会えなかったが、七夕まつりを一緒に歩きたい
と思っていた。浴衣を着たサナエの姿を想像しては、芸者という仕事がま
つりの間は大変なのではと思いやった。
サナエは、まつりが近づいても和也からの連絡がないことを不安になり
ながら、踊りの稽古をしたり座敷に出たりしていた。彼女を指名して座敷
に呼ぶ客も増えてきていた。
サナエの携帯に和也からの電話が入った。
「もしもし、・・」「あっ、なに一」
「七夕まつり、行かない?」「うん、空いているときならいいよ」
電話を切ったとき、ほっとした。女将さんがそんなサナエを見て、「サナ
エちゃん、何かいいことあったの。うわさの彼氏とデートかしら。」「はい、
今電話があって…」サナエは女将さんに和也とのことを正直に話して
いた。女将さんは、そんなサナエを温かく見守ろうとしていた。

〈出会い橋〉

和也が待ち合わせの場所に選んだのは、祭りでごった返す街の中で、あ
まり人通りのなさそうな追田悪水にかかる橋の上だった。その橋は二人が
二度目に出会ったカラオケスナックの「ら・む一る」の西にあった。
午後7時、サナエは時間どおりにその場所に行った。浅黄色の浴衣は、
この目のために女将さんから選んでもらったものだ。和也はまだ来ていな
かった。待つ間、人通りは少なくても何人かがその橋を渡っていく。知っ
ている人に会ったらどうしよう。そんなことを思いながら、待っていた。
携帯の着信が鳴った。和也からであった。
「ごめん。車が渋滞で進まない。」
「もう、30分も待っているのよ」
「まだ、時間がかかりそう。今目は何時までいいの。」
「9時ごろまで」
「ごめんね。すぐ行くから。」
「知らない人に連れ去られちゃうかも」
「また、そんなことを」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・以上、岩瀬慎次投稿

このあと、クライマックス?(七夕の夜の出来事)があって前編は、終了する。
さて、後編は?

村上さんの、劇的とも言うべき編集努力により、ずいぶん映画らしくなった。
今年は、どういう展開が待っているのか?